Vision of aba(2019年)
Vision of aba
───abaは「支えあいが巡る社会をつくる」というビジョンを掲げていますが、どういった想いが込められているのでしょうか?
会社のメンバーが増えてきたこともあって、自分たちが向かっていく方向を言葉にしておこうと、一年くらいかけてできあがった言葉なんです。そこには大きく二つの想いがありますね。
一つは、介護の現場を支えたいという気持ちです。中学生の時に同居していた祖母が病気になり、要介護者を初めて目の辺りにしました。少しでも介護する人の負担を減らしたいと強く思い、それからテクノロジーで介護業界をサポートしたいと大学に進学し、起業して、プロダクト開発の傍ら介護現場でも働きました。
多くの介護の現場に関わる中で、介護をするには経験値が必要であること、そして経験を積むには結構時間がかかるということがわかったんです。それで、どんな人でも必要な時に介護ができるるような社会をつくりたいと考えるようになりました。
───経験を積む時間をある程度テクノロジーでカバーできるのではないかと考えたのですね。
そうですね。そして、二つ目は、テクノロジーと介護の融合を進めたいということです。
製品を開発するようになって思うのは、介護機器がなかなか現場に浸透していかないということ。そこには現場で働く人とプロダクトを開発する技術者の距離が遠すぎるという問題があると感じています。一概には言えませんが、介護者は人とのコミュニケーションに長けているけれど技術へのリテラシーは低い。一方エンジニアはテクノロジーは大好きだけど人とコミュニケーションをあまり取りたがらない。学校のクラスでも友達にならなさそうな両極端の世界というか(笑)。話が通じないこともあるので、ある程度の翻訳が必要なんです。
───宇井さんが両方の世界を行き来しているからこそ見えてきたギャップなのでしょうね。
お互いが共通の言語を持ってコミュニケーションを取ることで支えあうことができる。それは介護の現場の話だけではなく、職場だったり、地域でも同じことが言えると思います。「支えあいが巡る社会をつくる」には翻訳が不可欠であり、私たちの役割はそのあたりではないかと最近感じています。開発した排泄センサー「Helppad」もコミュニケーションツールなんじゃないかと。
───たしかに、要介護者の「助けて」という声を介護者に伝えるプロダクトですものね。
そうなんです。そういったコミュニケーションのギャップは様々なシチュエーションで存在しています。経験値の差がある介護者の間にも、介護者と施設の経営者の間にも翻訳が必要でしょう。私個人としても、"翻訳者であり、翻訳機を創る者"ということが今の自分の役割だと考えていて。自分が橋渡しをするだけじゃなくて、誰もが橋渡しできるようなプロダクトを生み出していきたいんです。
───abaや宇井さん自身のビジョンは介護業界の中に限ったものではなさそうですね?
2050年には要介護者の数が日本の人口の半分を占めるようになると言われています。もしかしたら、地域住民も消防団や交通安全の係のように当番制で介護をするようになるかもしれません。そうなればもう、業界の中だけで考えていける問題ではないでしょう。地域の暮らしにもどのように支えあいを巡らせていくことができるかを積極的に考えていきたいです。
───abaのビジョンについては、会社のメンバーともよく話し合うのですか?
そうですね。abaには役員、正社員、パートナーという3つの雇用形態がありまして。パートナーの方にはビジョンの理解を、正社員のメンバーはビジョンの体現を、役員メンバーはビジョンの更新をしてほしいなと常々考えています。ビジョンを設定しつつ、ビジョンを疑う姿勢も大切にしたいなと。
正社員は今は6名ですが、50人くらいまで増やしたいなと思っていて。一人ひとりが自立して仕事をして、社内にノウハウが蓄積していくチームを組んでいきたいです。
───そのためにはどんなことが大切だと思いますか?
社内でのディスカッションや、ビジョンについて話し合う機会を設けるのはもちろんですが、ビジョンが重なる人を採用するというのがやっぱり土台になるのでしょう。abaの社名はAwakened Bunch Activityの頭文字を取っており、「積極的に気づく人、自立した人」というような意味合いです。指示をせずとも自分で考えて動き出せる人というのが採用の条件にしていますし、実際に他の会社でウズウズしていたような人が集まってくれています(笑)
───介護現場で支えあいを巡らせるために、どんなことが必要だと感じていますか?
どんなに機嫌のよくない入居者さんも一瞬で笑顔にしてしまう伝説のヘルパーさんってたまにいるんですよ。でも本人にそのコツを聞いても「別に」と返ってくるだけで(笑)。長年培った勘のような技術を、言葉にしたりデータにしたりということができていないわけです。
───なんだか職人技のようですね(笑)
そうなんです。そういったある種のクラフトマンたちの技術やノウハウを分析して体系立てて、真似できるようサイエンス化することが介護の世界を進めるのではないかと思います。介護者と要介護者のやりとりを一つずつ蓄積していき、抽象化するということが適切なアプローチなのではないかと。
───とはいっても、人と人とのやりとりなので体系化も難しそうですね。
なのでセンシングが重要なんです。主観的な定性調査ではなく、客観的なデータを取ることによって介護の型のようなものを浮き彫りにできたらいいなと思います。型を一度つくってから、ケースによって臨機応変に型を破れるようにしていく。
───Helppadでの排泄データの蓄積がそのきっかけになるのでしょうか。
排泄は毎日のことですし、一つの生命維持活動ですので、とても命に近いデータです。介護現場だけでなく、介護業界全体のことを考えてもファーストプロダクトとしてHelppadを開発することができてよかったです。ここから支えあいが巡るきっかけをつくっていければと思います。
聞き手:柳瀨武彦
撮影 :小澤明子